『僕の歩く道』を見た
ご存知SMAP草ナギ君主演のドラマ『僕の歩く道』を見ました。
いわゆる『僕道』シリーズの第3弾ということらしいです。(『僕道』っていうの本当に?)
『僕の生きる道』は“命”。
『僕と彼女と彼女の生きる道』は“絆”。
そして、『僕の歩く道』は“純粋”がテーマだそうです。(たしか)
ということで、“純粋”をテーマにしたこのドラマの主人公輝明(草ナギ剛)は10歳児程度の知能までしか発達していない自閉症という障害を持っています。
その障害のためまわりとうまくコミュニケーションをとれず周囲の無理解のため仕事も長く続きません。そんな輝明の幼なじみの都古(香里奈)が勤める動物園で働くことになります。
動物園の人たちは初めて接する自閉症という障害をもつ輝明へ対し、偏見やとまどいを感じます。(それはしょうがないですね)しかし、その障害ゆえに純粋な心を持ち続ける輝明と触れ合うことにより、輝明の周囲の人々が徐々に理解し、変わっていくという物語らしいです。(現段階では、とまどいまでしか行っていないので)
自閉症の主人公といえば、篠原涼子がお母さん役で本当に大丈夫なの?と心配しつつも評判のよかった『光とともに』がありますね。
それ以前だとタイトルは覚えていませんが、ともさかりえのドラマや、藤井フミヤが知的障害者役をやった堂本光一君とのドラマとかあります。(自閉症ではないか)
NHKで和久井映見が自閉症の弟を持つ役をやっていたものもありました。ユースケの『アルジャーノンに花束を』とかは知的障害ですか・・・。
さて昔から障害を持った子がドラマの中に登場するという話はけっこうあったと思います。
しかし、だいたいがいつまでも子供の心を持ち続ける純粋さばかりが前面に出していたりして、よく言われるところですがおとぎ話のように美化してしまう方向に陥りやすい傾向があったと思います。実際障害のある子の親とか周囲の人にとってみれば純粋な面も確かにあるのでしょうが、それ以上に大変な面もあるはずなのですが、そういった部分はほとんど見せていなかったり、逆に奇怪な行動ばかりを目立たせて特殊な人間と描いたり・・・。
と書きましたが、先ほどあげたような『光とともに』とか和久井映見のドラマとかは、自閉症児と周囲の関係がいい面悪い面描かれていて、なるほどこうなんだろうな・・・と思えるドラマとなっていました。
で、この『僕の歩く道』はどうかというとちょっと微妙な印象です。
まずテーマが“純粋”ってところが怪しいですよね。
主人公の“純粋”さで、周囲の人間がどんどん変わっていくハートフルストーリー・・・みたいなドラマ紹介をされると、おとぎ話方向に行ってしまうのかな・・・とも思えます。
とは言うものの、自閉症という障害そのものに関しては丁寧に描いているようで、幼なじみの都古がわざとらしいほど丁寧に輝明の一見奇妙に見える行動について説明してくれます。
ほうきを渡されても何もしない輝明を不信に思う若手飼育員に「どこからどこまで、どのように掃除をするのか指示しないとだめなの・・・」と説明したり
輝明がポークカレーを前にまったく手をつけないときは、カラーといえばチキンカレーというこだわりがあるため食べないんだよと説明し、鳥のから揚げをカレーにのせてあげるという対処法まで披露します。
そういったわけで、公式サイトの掲示板を覗いてみても自閉症の描写としてある程度納得の表現と言えそうです。
で、あらためてストーリーに触れますと、輝明君は今まで勤めていた弁当屋さんをなにやら周りの人に嫌なことを言われということで辞めてしまい、もう二度と働きたくないと言い出してしまったが、幼なじみの勤める動物園なら・・・ということで再度働こうと思い直します。
兄は弟を無理に健常者と一緒に働かせることには反対で、障害者を雇ってくれるところで働かせるべきだと言い、母は“健常者”とか“障害者”とか言い方が嫌いだ・・・と言い、普通に働かせたいと思っています。何十年も一緒にいる家族ですら輝明に対する考え方が違うわけですから、初めて彼と接する人たちはやはり混乱するのは当たり前ですね。
実際に2週間試用期間として働くことになったのですが、やはり輝明の行動は周囲の人たちからは理解しにくいことが多く、りんごを2cmぐらいに切ってと言われれば定規を使って2cmを正確にはかりながら切ったり、うっかり逃がしてしまったハムスターを探さなくてはいけないところなのに、勤務時間が終わるとさっさと家に帰ってしまったりするたび、幼なじみの都古はこう言います。
「これは自閉症という障害から来る行動で、本人にはまったく悪気がないのです。だから怒ったりしないでください。」
確かにそうかもしれないですけど、これにはちょっと釈然としない感じがありました。
「これこれこのように自閉症の人とは接してください」と強要されているような言い方は、言われた人間はちょっとカチンとくるかもしれません。実際小日向さんの言動にはそういう感じがありました。「こんなことで頭に来ちゃう俺たちが悪いわけね・・・」とひねくれた気持ちにもなっちゃうかもしれません。急にやってきてそんなこと言われてもねぇ。
まあ、この辺はドラマとしての演出なんでしょうけどね。
そういう都古自身もプライベートのイライラから輝明にあたってしまい、都古を信じきっていた輝明を軽いパニックにさせてしまいます。
20年近く付き合ってきた幼なじみでさえ、輝明に対する接し方を誤ってしまうのに、それを障害のことすら理解していない人たちにうまく対応してくれというのはどだい無理な話なのかもしれません。
しかしながら、今週の放送で一番心に残ったのが、そんな悩み多き香里奈演じる都古と友人(MEGUMI)との会話の中の台詞。
「偏見とかってなかった?」と聞かれ
「出会ったときは子供だったから、なんとも思わなかった」
といったような台詞。
そうだと思います。
小さい頃からそういった子と触れ合っていたら、まったく理解度って変わってくると思いますし、偏見なんてないと思います。
またそのときから周りの大人がきちんと対応方法とかを教えていれば、みんなが優しい大人になるはずだと思います。
しかしたいてい大人のほうが、「あの子とは遊んじゃいけません」とか言っちゃうんですよね。
そんなことを言ってる私自身は子供の頃そういった子たちと交流したことがないし、大人になってからも大人の自閉症の方と話す機会とかもないので、このドラマでいうところの飼育員と同じような対応になってしまうのではないかと思います。・・・未熟。
とにかく世の中にはいろいろな人がいて、そういった人たちが住みやすい世の中になれば、みんなが住みやすくなるはずなのだから、まずは理解からですね。
そんな理解を深めるためにも、今後もこのドラマを見たいと思います。
私の姉は障害者の人たちが仕事をする福祉作業所の職員をしているので、私自身自閉症やダウン症の大人(身体的に)と接する機会が何度かあるんですが、初めて会った時は正直“怖い”と思いましたよ。
なんていうのか、自分が決めた目標に向かってまっしぐらなので、慣れない人にはその勢いが怖いんですよね。
今ではすっかり慣れて、ずーっと顔を触られてもなんとも思わないし、なにかすごい勢いでしゃべってても「ふんふん。へ~」と聞いていられるし。
都古と友人の会話、私もすごく印象に残りました。
たしかにそうなんですよね~
子供の頃近所に知的障害のある人がいて、私は小学生から中学生と成長して考え方が変わってきてもその人はずーっと変わらず、その後私は引っ越してしまったんだけど偶然にも姉が勤めた福祉作業所にその人がいて再会しました。
彼女は全然変わってなくて、なぜかそれがうれしかったなぁ。
私が通った中学には障がい児クラスというのがありましたが、まったく交流はありませんでした。交流がないものだから、余計自分たちとは異質なクラスだという目で見てしまっていた記憶があります。
本当に小さいうちからさまざまな人たちと触れ合っていれば、変な差別とか偏見って少なくなっていくと思いますね。
今からでもきちんと理解できるようになりたいものです。